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逃走する新進気鋭詐欺師・中島岳志

770 :名無しかましてよかですか?:2008/01/07(月) 09:57:54 ID:4Ve4K5Nc
>>719の続き
──〇日本を「最後の道」に追い込んだもの

ワシントン會議以來二十年近く、日本の政治家たちはこの問題を『商業の擴張および政治的善隣』という方法で解決しようとしてきた。
しかし世界貿易市場に喰い込んで日本の市場を増大するため、一擧に局面を切り開こうとしたこれら政治家たちの『平和的な努力』は、すぐに報いられないことが明らかとなつた。
というのは、太平洋に臨み、英語を國語とする四つの國々が、日本のこの平和的な願望に對して、同情的な態度を示さなかつたからである。
そこで日本は、止むを得ず、その生活源を經濟的な方法で解決することに希望を失い、見切りをつけてしまつたのである。

英米經濟を中軸とした當時の世界では、新しく勃興しつつあつた新興國家にとつては、國力を伸長すべき餘地がなかつた。『幣原喜重郎と井上準之助の政治家としての失敗』によつて生じた錯覺が、
結局日本の政治家たちをあの『最後の道』に追い込んだ、ともいえるであろう。

続く

もうすぐ冬休みも終わり・・
まあ前半と後半遊びまくりで過ごしたからいいかな。
中間は結構慌ただしかつた。
こうして考えるとなかなか慌ただしい休みだったようだ。
『平和の宣言』も復刊するし、めでたしめでたし。
閑話休題。今書いてる『平和の宣言』未収録の『日本週報』昭和二十七年5月号「日本の苦悶は解決されない」
これも先に出た『文藝春秋』昭和二十七年12月号の鼎談の中で紹介された「柔港條約とネール首相の立場」
──これは、インドの雑誌初出。日本での初出は『毎日情報』昭和二十六年12月号「柔港條約とネール首相の立場」。
さらに『改造』昭和二十七年8月号「絶對平和の創造─ネールは何故柔港に出席しなかったか─」(題名は違うが同じもの、訳者が違うだけ)──
同様に、日本のやむを得ない事情について書かれている。
『共同研究パル判決書下』74〜76頁
『平和の宣言』89〜90頁
にも書かれている。


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