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ブサヨルネッサンス宣言 ※マスコミ関係者必読

1 :名無しかましてよかですか?:2007/10/09(火) 19:01:28 ID:D8PLNkuZ
日頃は綺麗事を主張する理想主義者である左翼及びリベラルな方々
しかし、いざゴーマニズム板を読んでみると、左翼側の口調の汚らしさ、
言葉使いの下劣さは吐き気をもよおすレベル。ダブスタだとかそんな次元を
徹底的に超越している彼ら、どうもこんな事を考えているらしい。

ブサヨルネッサンス声明


「汚物のコヴァ達は心が弱い、残念だ、皆さんは彼らの事を徹底的に叩いて欲しい。」

「こんな時だが我らブサヨ陣営は今、大事な時を迎えている、ブサヨルネッサンスを進めなければならない。」

「さあ皆さん、過去の綺麗事のスローガンは忘れて、今日からブサヨルネッサンスです。
 思いつく限りの最悪な下劣な言葉を並べ立て、コヴァ達を罵倒しましょう。」


保守系のメディアの人々は左翼がこざかしい綺麗事を言い始めたらすべからくこの板のことを
引き合いに出してください。いかにブサヨの実態が薄汚く卑しいか。
リベラル系のメディアは大いに恥じよ。お前らの子飼いの連中がどこまで低劣かを。

40 :名無しかましてよかですか?:2007/10/18(木) 04:29:31 ID:aqDulQt3
私は、かつて、自分が読みあさった岩波新書を、二十年振りに、書棚の奥から、ひっぱり出して、
読み直してみた。二十年前の昔、高校生・大学生だったときに、岩波新書の青版の洗礼を浴びた。
自分は岩波新書の「思想」の洗礼を浴びながら十年間ぐらいを過ごした、と言うべきであろう。
当時の学生たちのご多分にもれず、自分もその頃「新左翼」という単純幼稚で過激なだけの思想
に走ったので、岩波の影響など、脱した、と思って、「岩波スターリン主義の文化人どもなど
小馬鹿にしていた」のだが、しかし、そうではなかった。今の今に至るまで、自分たちは、岩波
文化の大きな呪縛の下にあったのだ。あの、ソビエト帝国が、目の前で、テレビの画像をとおして、
ガラガラと崩れていったときまで。お釈迦様の掌を逃れられない如く、自分は岩波・朝日文化の
縄張りから自由でなかった。
一九七0年のあの頃、これでもか、これでもかと、社会主義礼讃、資本主義打倒、願わくば、動乱の
革命を、を暗黙の合言葉にした、岩波学者たちの新書版の一般向け啓蒙書が、大変な人気を持ちながら、
次々に出版されて書店に積み上げられていた、岩波新書は、日本の言論市場で、圧倒的に強かった。
そお優勢なパブリシティの前に、黙々と着き従ったのが、私たちの世代だった。
じつに愚かなことだった。今さら、自省の気持ちも起きないぐらいに、自分を恥じるだけだ。
もっと、目を広く、かつ細心の注意を払って、もっと、本当の事実のほうに、目を向けて、書物を選ぶ
力を身につけておれば、と悔やまれる。
今さら、「転向」という言葉は使いたくないぐらいに、左翼的な人間たちは、自分の内心で、既に、
何度となく、転向に直面し、つまづきを感じているものだ。だから、私のような一番最後の左翼世代で
さえ、転向という言葉には、うんざりしてしまう。これは、旧来の転向とはちがう、何ものかである。
しかし、それを、適切に言い表す言葉を、私は、今、見つけることができない。
副島隆彦「切り捨て御免」P103~104


41 :名無しかましてよかですか?:2007/10/18(木) 04:30:09 ID:aqDulQt3
このような恐怖政治下の逮捕投獄の記述は、近年では、ゴルバチョフやエリツィンの自伝のなかにも、
そっくり似たような、記述を見つけることができる。共産党幹部たち自身がおびえながら生きていたのだ。
恐るべき大量殺人の政治体制であった。いったい、これを、どのような思想的経緯があったならば、岩波
文化人の学者たちは、あれほど、礼讃し、指示しつづけねばならなかったのだろうか。
ソビエト・ロシアが消滅してしまった今となっては、当と学者たち自身も、語るべき言葉を失ってしまった
のだろう。そして、事実、今の今でも、自分たちの内心での動揺を、ひたかくしにしながら、「それでも
自分たちは、正しかった」と強引に、自己正当化をはかりつづけている。今の今に至るまで、誰からも、
自分はあの時代に間違っていた、と、はっきりと表明するこれらの老学者たちの声を、私たちは聞くことが
ない。少なくとも、この半世紀、どのような思想を抱こうと、逮捕投獄されることのない国に生きることが
できて、私たちは幸せだった、と思わないわけにはいかない。
政治思想や社会科学などを勉強しようとして、政治思想の本にのめり込むことの危険さを、今にして思う。
我々は、今の九〇年代若者世代が、どんな党派性にも社会的発言にも近づこうとせず、権威的な学問など
認めようとせず、コンピューター・ゲームに打ち興じているとしても、けっして、彼らの学識のなさを、
非難できるものではない。私たちが、学んで身につけた知識や思想などが、数十年後に、ガラクタであった
と分かったときの激しい絶望感を味わうことは、少なくとも、彼らにはないのだから。
副島隆彦「切り捨て御免」P112~113


42 :名無しかましてよかですか?:2007/10/18(木) 04:30:55 ID:aqDulQt3
私は、二十歳の頃には既に、岩波・朝日文化人たちを小馬鹿にしていた。彼らのことを、同じ社会主義
勢力内でも、「スターリン主義者」と呼びならわすのが、60年代末から70年代初めにかけての大学
闘争の影響を受けた、いわゆる新左翼に共感を感じる数十万人の若者読者人層の共通感覚であった。
日本共産党の学生組織である民青同盟員のことを「民コロ」と呼び捨てたのは、新左翼や全共闘運動
にシンパシー(共感)を覚えた人たちだけではなく、政治的発言を好まなかった多くの学生たちであった。
だから、私は、大内兵衛や、丸山真男や、中野好夫らに騙されていたと思っていなかった。しかし、
実際には、彼らの本をその後も読んでいたのである。影響を受ける、ということは、不思議なことで
あって、はっきりと軽蔑していても、それでも、大きな意味で彼らの影響下にあったことになる。
そのことにようやく気がついたのが、二年前の八月のソビエト連邦の解体劇と、ソビエト共産党の
瓦解・消滅劇を、テレビでみてからである。その後の数ヶ月間、私は、ずっと不快感だった、毎日が
憂鬱で不愉快でならなかった。その不愉快さの原因をさがし求めて、考えあぐねていたのだが、
最近、たどりついた答えが、やっぱり岩波文化人にその原因があったのだということである。
副島隆彦「切り捨て御免」P106~107


43 :名無しかましてよかですか?:2007/10/18(木) 04:32:50 ID:aqDulQt3
ところで、ふつうの読者には、この「左翼」という人間たちの政治思想なるものの内部の争い、
ということが、どうもピンとこないようである。そこで、ここで超簡単に説明しておこう。
日本の左翼には二種類がいるのである。旧い方の、「旧左翼」は、簡単に言えば、共産党と
社会党である。あるいは、この二つの政党に、長い間、意識的に信念を持って投票してきた人々
は結局これである。単なる反自民党ということだけではない人々だ。それに対して、一九六〇年
の「安保闘争」(この年に、「日米安全保障条約」という、対ソビエトの日米軍事同盟条約に
反対した大きな国民運動があった)の前後に日本共産党のいうことをきかなくなった学生たちが
始めた新しい学生左翼たちの運動があって、これを「新左翼」と言う。簡単に言えば、これは、
今でも「元学生運動活動家」とか「過激派」と呼ばれる連中である。評論家の西部すすむ氏や、
日本独特の思想家・吉本隆明(吉本ばななの父親)などがこっちである。その他に、現在、
大学教授や評論家になっている人々のうち、多くの人々が、昔この「新左翼」系の活動家だったり、
あるいは、その影響を強く受けた人々である。こっちの「新」方は、全部合わせると、50万人
ぐらいいる。この元「新左翼」はたちは、「自分たちは正しかったが、「旧左翼」はソビエトに
「洗脳」されていたから集団だから、愚かである」と思っている。
結論から言えば、「旧左翼」も「新左翼」もどちらも愚かだったのである。大きな意味では、ソビエト
帝国の振りまいた病原菌に冒されていた。だから、「旧」も「新」も甲乙つけがたく日本国民多数
からは相手にされなかった。
副島隆彦「決然たる政治学への道」P242〜243


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