5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

誇りに根付くもの

1 :その1:2007/08/14(火) 20:31:34 ID:vo2FKJ6k
あなたは自分自身に「誇れるもの」がありますか?

あなたが「誇らしい」と思うときはどのような時ですか?

例えば、企業に勤務する人間であるならば、自分の会社をほめられたりそこで働いている事を誉められたりした時に「誇らしく」感じることがあるだろう。

「誇らしい」と思う心をじっと自分自身で見つめてみると、そこに「今を生きる力」を見つける事ができる。自分自身の生き方の力と根っこがそこから生まれる。

若い人達の自殺が多いと聞くが、この「誇らしいもの」が自分自身の中に見つける事ができないというが理由にあると思う。

今の日本人に足りないものは、この「誇り」だと僕は思う。自分の中に「誇り」をつくる為には努力が要る。
ボーッと生きていても、何も見る事はできない。
自分自身を大切にできない人間は、他人を大切になどできない。
今現在の中に喜びと感謝を見出す事ができない人間は、いつまでたっても幸せにめぐり合う事などできない。幸せというものは人に与えてもらうものではないからである。

ソースhttp://d.hatena.ne.jp/hiroyki/20061227/116720

2 :その1:2007/08/14(火) 20:32:35 ID:vo2FKJ6k
ここに一枚の写真がある
この写真はいつの写真で、どこで撮られたものか。
これは、終戦直後の長崎。
「ざまあみろ!ジャップめ!」
「ようやくこれでアメリカに帰ることができる」
そう思っていた矢先、彼は、敗戦直後の日本の調査を行う事を命ぜられる。

その後、彼ら一行は、敗戦後の日本へ上陸してくるのであるが、
そこで彼らが見たものは、自分たちが想像していたような日本人たちではなかった。
自分たちアメリカの攻撃によって徹底的に痛めつけられ、家族・親類縁者・友人・知人を失ってもなお、
彼ら「日本人」は、アメリカ人の自分達に対して温かく、親切に接してくれるのであった。

その体験が、彼(ジョーオダネル)を変えていく。

そして、そのような時に出会ったのが、写真の少年である。



この少年の背中に背負われた小さな弟。

彼はすでに死んでいる。


3 :その2:2007/08/14(火) 20:35:08 ID:vo2FKJ6k
少年の足元に「線」のようなものが見えるが、その「線」の前に何があるのか?
そこでは今まさに、原爆や爆弾によって殺された人々の死体が焼かれていた。

つまり「死体」を焼く『焼き場』の前にこの少年は立っているのである。

この写真は、戦争ですべてを失い、両親も失い、
そして最後の最後に自分自身がたった一人で守ってきた弟も死んだ、
その弟をたった一人で焼き場に「埋葬」に来た少年の写真なのである。

この少年に出会った時の事を、ジョーオダネルは次のように書いている。

焼き場に十歳くらいの少年がやってきた。
小さな体はやせ細り、ぼろぼろの服を着てはだしだった。
少年の背中には二歳にもならない幼い男の子がくくりつけられていた。
その子はまるで眠っているようで見たところ体のどこにも火傷の跡は見当たらない

少年は焼き場のふちまで進むとそこで立ち止まる。
わき上がる熱風にも動じない。係員は背中の幼児を下ろし、
足元の燃えさかる火の上に乗せた。まもなく、
脂の焼ける音がジュウと私の耳にも届く。炎は勢いよく燃え上がり、
立ちつくす少年の顔を赤く染めた。

気落ちしたかのように背が丸くなった少年はまたすぐに背筋を伸ばす。
私は彼から目をそらすことができなかった。少年は気を付けの姿勢で、
じつと前を見続けた。一度も焼かれる弟に目を落とすことはない。
軍人も顔負けの見事な直立不動の姿勢で彼は弟を見送ったのだ。

4 :その3:2007/08/14(火) 20:37:56 ID:vo2FKJ6k
私は彼の肩を抱いてやりたかった。
しかし声をかけることもできないまま、ただもう一度シャッターを切った。
急に彼は回れ右をすると、背筋をぴんと張り、
まっすぐ前を見て歩み去った。一度もうしろを振り向かないまま。
係員によると、少年の弟は夜の間に死んでしまったのだという。
その日の夕方、家にもどってズボンをぬぐと、まるで妖気が立ち登るように、
死臭があたりにただよった。今日一日見た人々のことを思うと胸が痛んだ。
あの少年はどこへ行き、どうして生きていくのだろうか。

この少年が死んでしまった弟をつれて焼き場にやってきたとき、
私は初めて軍隊の影響がこんな幼い子供にまで及んでいることを知った。
アメリカの少年はとてもこんなことはできないだろう。直立不動の姿勢で、
何の感情も見せず、涙も流さなかった。そばに行ってなぐさめてやりたいと思ったが、
それもできなかった。もし私がそうすれば、彼の苦痛と悲しみを必死でこらえている力をくずしてしまうだろう。
私はなす術もなく、立ちつくしていた。


5 :その4:2007/08/14(火) 20:39:14 ID:vo2FKJ6k
僕が感じた事、言いたい事は何か。

この写真は、ある「平和を訴える施設」に掲示されているという。

「戦争というもので犠牲となるのは、常に弱者である。この少年も犠牲者の一人である」

僕は戦争を賛美するつもりは全くない。しかし、この少年の写真から学ぶべき事は何か。
たった一人となっても、自分の弟を丁重に埋葬しに、敵の中にやって来た「勇気」「強さ」、
そしてたった一人となっても、生きていこうとする事のできる「生きる力強さ」その事ではないかと思うのである。

今の日本人には「日本」という国に対しての誇りが全くないという。しかし、考えてみればそれは当たり前のことで、
「教えてもらっていないこと」には「思いを感じる事」もできないし、
誇りを持つ事もできない。その心をはぐくんで来たことのない人間は、
その心が育っていない。ただそれだけの事である。
要は、「学んでいない事がある」「教えてもらえなかった事がある」ということである。
人間は「誇り」なくして生きる事はできない。
誇れるものが心の中にあるからこそ、人は力強く生きていけるのである。
自分の父親がこんな生き方をしたのだ、自分の母親はこんな母親であったのだ、
自分の会社にはこんなに素晴らしい先輩がいたのだという事を知ったとき、
人が誇りを持つ事ができるのと同じように、日本の先人達の中にも、
世界に誇れる素晴らしい「日本人」がたくさんいたのである。

この写真の少年も、生きていれば70歳以上である。
まだ御存命かどうかはわからないが、
この方は、写真に撮られたということさえ知らないであろう。
しかし、その一枚の写真に残った「生き様」が、
人の人生を変えるほどの力があるという事を教えてもらったような気がしたのである。


6 :名無しかましてよかですか?:2007/08/14(火) 22:03:04 ID:6Edn/YuW
なにこれ?
「勝利者であり支配者である白人様」の「醜い土人の子供に対する憐憫の情」の白状?
んで「土人を尊敬するとか言えちゃう俺様って博愛で高潔ぅ!」という自己満足?
ばかばかしい!

7 :名無しかましてよかですか?:2007/08/19(日) 15:22:01 ID:hnxKmZ+f
あげ

8 :名無しかましてよかですか?:2007/08/19(日) 17:55:06 ID:BtdZ6QkH
>>6
俺にはそうは思えないが。ゆとり教育で読解力も無くなったのか?
それとも、日本語に不自由な方ですか?

釣りにしては長すぎるレスなので、さらしあげ。

9 :皇國 ◆8Sk8BbOtS. :2007/08/20(月) 02:52:43 ID:vrBjBjqQ
私も>>1を初めて読んだ時は涙が止まらなかったなぁ…。

10 :名無しかましてよかですか?:2007/08/30(木) 01:02:08 ID:sQ18OQF3
良スレ。ホッシュ。

11 :名無しかましてよかですか?:2007/09/08(土) 17:00:27 ID:r04BTf4P
あげ

12 :新旭日旗:2007/09/08(土) 18:48:51 ID:x0+bJdmn
>>1
多少の付け加え。
1)「誇り」というと「プライド」と解し易いが、これは訳語の誤り。
2)そもそも日本語の「誇り」とは「尊厳の自覚」の意を含んでいるが、同時に何に尊厳を感じるかが
 明らかにされていなかった。
3)自分に尊厳を感じるとなると、単なる個人主義と自己満足に堕する。
4)歴史的に、日本民族には「人間を超えたもの」への感性があり、それが歴史の様々な局面で色々な
 表現をしてきた。
5)これは色々な民族の居住地域の自然性に左右される。インダス・メソポタミア・黄河等の三大文明
 と称される地域の自然は過酷であり、自然を克服・支配または自然に抵抗せねば生存できなかった
 が故に様々な工夫と創造が為された。
6)西欧=白人文明は、他民族との抗争が前提となる地域性の中で構築されてきた。
7)中華文明も、同じく種別の違う民族が入れ替わりで支配者となる歴史性があった。
8)日本の場合、自然が過酷ではなく、むしろ豊かで美しく、他民族との抗争もほとんど無かった。
9)そこから「自然崇拝」「自然との融合」=「人間を超えたものの中で生かされている」という
 感性が育ち、それを「神」と表現した。これは西欧文明の「ゴッド」とは異なった概念であり、
 訳語の誤りであることが指摘されている。
10)例えば「八百万の神」という表現があるように、日本人は全ての自然の一つ一つに尊厳を感じ取り、
 自然と一体であることを前提とした精神風土を築いてきた。そして、「民衆」と「神」を仲立ちする
 存在、シャーマン的な存在が民族の中心に生まれた。その一つが「卑弥呼」であり、後年「天皇制」
 といわれる体制の起源となった。




13 :新旭日旗:2007/09/08(土) 19:24:45 ID:x0+bJdmn
続き。
 後年、「天皇」は政治的に利用すべき存在とはなったが、中国の「皇帝」とは異なり、乗っ取り
等の対象となることはなかった。それは、「神との仲立ち」であるからであり、誰でもが代われる
ものではないと思われていたからである。
 
 歴史的な局面では紛れ易いが、日本人の基本的な感性は一貫していた。ただし、それは一般社
会的なところではなく、あくまで精神風土としての感性である。

14 ::2007/09/15(土) 07:36:06 ID:K8qjiMb4
弱者が見せる気高さは崇高なまでに美しいと思う。
気高い心性は教わって備わるものでもないと思うがね。

15 :名無しかましてよかですか?:2007/09/22(土) 23:38:01 ID:AjSVmWJf
下げ

16 :名無しかましてよかですか?:2007/10/25(木) 04:39:48 ID:5JWnj+fs
re

17 :名無しかましてよかですか?:2007/10/25(木) 05:55:58 ID:1TjKqAdP
1.自然法( natural law ナチュラル・ラー ) と 2. 自然権 ( natural rights ナチュラル・ライツ) と
3. 人権( human rights ヒューマン・ライツ )と 4. 人定法 ( positive law ポズィティブ・ラー) 
の関係と対立を副島隆彦の本から少し書き写します。

政治や思想を語る上でこの四つの事が分らなければ、欧米では向こうの高校生並みにさえ扱われません。
これらが分からなければ欧米人の本気の議論の輪の中になど入っていくことなど不可能なはずです。
なのでこの事を知らなければ自分の脳が現時点でどれほどのものなのかが分かるでしょう。
と、いってもあくまで一つの側面からですが。それでも判定基準にはなります。
それほどの大きな対立であり、常識ですから。


18 :名無しかましてよかですか?:2007/12/06(木) 00:37:24 ID:R9Ni/3t7


10 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)