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萩焼茶碗、400年ぶり韓国へ〜ハングルで「帰りたい」

1 :日出づる処の名無し:2008/07/13(日) 18:29:12 ID:02wqKqo7
http://www.asahi.com/kansai/news/image/OSK200807110057.jpg
▲ハングルの詩が書かれた萩焼茶碗を寄贈する藤井八重さん(左)と次男の慶さん
ソース:朝日新聞<ハングルで「帰りたい」 萩焼茶碗、400年ぶり韓国へ>
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200807110059.html

 懐かしいふるさとに帰りたい――。ハングルで望郷の詩が書き込まれた江戸期の抹茶茶碗(ちゃわ
ん)が、京都の古美術収集家の遺族から韓国・ソウルの国立中央博物館に寄贈される。朝鮮半島から
渡来した陶工の思いを託した作品が400年ぶりに海を渡る。

 寄贈されるのは口径約13センチ、高さ約11センチの「萩鉄絵詩文茶碗」。83年に70歳で亡
くなった京都の古美術収集家藤井孝昭さんが生前、京都国立博物館に寄託した萩焼の作品で、「犬の
遠ぼえが聞こえる。懐かしい古里に帰りたい」という趣旨のハングルが表面に記されている。

 萩焼は豊臣秀吉が朝鮮出兵した文禄・慶長の役(1592〜98)の際に、毛利輝元が現地から連
れてきた陶工が萩城下(現・山口県萩市)で窯を築いたのが始まり。寄贈される抹茶茶碗も渡来した
陶工が17世紀初めごろに製作したとみられ、藤井さんの妻八重さん(86)ら遺族が話し合い「日
韓交流のささやかな一助になれば」と韓国への寄贈を決めた。

 里帰りの橋渡しをした京都国立博物館学芸課の尾野善裕さんは「ハングル入りの萩焼は国内には他
に例がない。意義のある帰郷だ」と話す。抹茶茶碗は17日、八重さんと次男の慶さん(58)に携
えられ、韓国へと渡る。(北垣博美)

2 :日出づる処の名無し:2008/07/13(日) 18:44:53 ID:/4O0VVU9
>>1
一応400年前ならハングルはすでに発明された後だから絶対あり得ないとは
言わないけど、日本統治時代以前の朝鮮では支配層はほとんど漢文、庶民
層は基本的に文盲。ハングルはほとんど使われてなかったんだが。

一応年代測定しといた方がいいと思うよ。w

3 :日出づる処の名無し:2008/07/13(日) 19:37:47 ID:P61E4A8V
>>2
年代測定以前に、ハングルの時代測定が可能。
世宗大王制定のと、日帝制定のと、李承晩以降のではそれぞれ発音記号が違ってる、
ある程度以上の長さの文なら十分識別可能かと。
日本で言えばかな遣いレベルだからねえ。

4 :日出づる処の名無し:2008/07/14(月) 22:30:21 ID:FBJtxpWj
詳しく調べることはしないだろう。

5 :日出づる処の名無し:2008/07/19(土) 16:47:46 ID:yTZVF0J6
めでたしめでたし

6 :日出づる処の名無し:2008/07/21(月) 14:57:55 ID:Ggy/0V0u
在日朝鮮人、400年ぶり韓国へ〜ハングルで「帰りたい」

7 :日出づる処の名無し:2008/07/21(月) 15:15:43 ID:PiYVRs79
萩焼の始まりは1604年だから、おおざっぱに見積もれば400年前のでもおかしくないけど、
萩焼の創始者は弟を半島から呼び寄せた上に帰化もしている訳で…
李兄弟他にも朝鮮人が関わっていたら記録に残っていてもおかしくないわけで…
http://www5.ocn.ne.jp/~seigadou/hagiyaki1.html

8 :日出づる処の名無し:2008/07/24(木) 07:56:37 ID:jvqzfhRe
誰も信じないよ

9 :日出づる処の名無し:2008/07/24(木) 14:21:41 ID:RtP6VXjG
400年ぶり韓国?

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